比企能員の子孫が眠る墓所〜比企氏館跡(ひきしやかたあと・武蔵(埼玉))

竹藪に覆われた、雰囲気のある墓所。

2026年4月21日(火)。

この日は、巌殿山正法寺を訪れた後、

こちらの比企氏館跡(埼玉県比企郡川島町)を訪れました。

比企氏館跡(武蔵・埼玉)

◉城のジャンル

城ではない

◉文化遺産としての見どころ

評価 :4/5。

◉防御施設としての見どころ

評価 :0/5。

◉アクセス

専用駐車場なし

『比企氏館跡』は、金剛寺の境内にありますが、

専用の駐車スペースはなく、また付近に利用できる鉄道駅もありません。

有料の駐車場を利用するしかないでしょう。

最初は金剛寺の境内というのを認識していませんでしたので、

単純に近くまで接近していったら、まずこの竹藪に遭遇しました。

(お寺の裏側に当たります。)

正面に回ると、立派な「金剛寺」の門が見えます。

こちらが金剛寺の本堂です。

『比企氏館跡』はここから右手に進んだところにあります。

右奥に進むと、まず目に入るこちらの鐘楼。

そしてこの『大日堂』。

これは、『比企氏位牌堂』のようです。

比企能員本人の墓は鎌倉・妙本寺にありますが、

代々、比企氏の子孫たちはこの地に眠っているようです。

位牌堂の脇道を奥に。

もう墓所が見えていますね。

石碑まで丁寧にあります。

比企氏の子孫が眠る多くの墓石が目の前に。。

この裏手には生活道路があります。

まるで鬱蒼と茂る竹藪に守られているかのようです。

名前が記されたそれぞれの墓石。

もっとこじんまりしていると思い込んでいましたが、

実際、整然と並ぶ墓石を目にすると、そうでもなかったのです。

しばし、言葉もありませんでした。。

中には、一人一人、その名前を記されていました。

確かに、これがなければ、どれが誰の墓なのか判別できません。

このように竹藪に覆われています。

石段が少しだけ下がったように見えるところが、空堀の跡です。

逆に、少しだけ盛り上がったように見えるのは、かつての土塁の跡とも言われています。

やはり、この墓所のある地が、かつての比企氏館跡だったということでしょう。

『金剛寺』の裏側に出て生活道路から眺めたアングルです。

近づいてみると、なんとなく墓石があるのは分かりますが、

遠目だと絶対に気付きませんね。

比企氏の子孫はこの地に眠っていますが、

鎌倉幕府の有力御家人であった比企能員(ひきよしかず)は、

鎌倉・妙本寺にその墓があります。

こちらもたいへん立派な墓所ですので、鎌倉を訪れる機会がありましたら一度立ち寄ってみてください。

➡️『鎌倉時代・鎌倉殿の史跡』ページ