「食い違い虎口」、惚れ惚れするほどの腰曲輪など見応え満載の中世城跡〜松ヶ崎城(まつがさきじょう・下総(千葉))

古墳跡を利用した物見台から城跡一帯を眺める

2026年4月22日(水)。

千葉県柏市にある中世の城跡、松ヶ崎城(まつがさきじょう)を訪れました🚙

松ヶ崎城(下総・千葉県)

◉城のジャンル

平山城(ひらやまじろ)

◉文化遺産としての見どころ

評価 :1.5/5。

◉防御施設としての見どころ

評価 :4.5/5。

◉アクセス

広めの専用駐車場あり

JR常磐線北柏駅より徒歩約10分🚶

城跡のふもとに比較的広めの駐車スペースがあります。

また、JR北柏駅から徒歩約10分と、こちらもアクセスは良好です✨

近くの手賀沼を見下ろす大地の先端上に造られた戦国期の平山城であり、

城主などは不明ですが、虎口や腰曲輪などの遺構がよく残り、

たいへん見応えのある城跡です。

こちらが、城跡の麓にある駐車スペースです。

ご覧のように、比較的広々としていて、少なくとも20台ほどは停められます。

駐車スペースの奥にあるこちらの階段を登り、いざ城跡へ!

階段を登り終えると、広々とした平坦な台上に出ました。

ここが松ヶ崎城跡です。

手前右側にはこんもりとした土塁らしきものがあり、

そばに説明板らしきものもあります。

まずはこの案内板からじっくり確認していきます。

松ヶ崎城の概要が記されていました。

すぐ目の前に手賀沼を見渡すことができ、

近くには複数の遺跡もあります。

こちらにも、説明板らしきものがありました。

かつてここに、門が構えられていたようです。

この切り株のようなものが、門柱の一つの跡なのでしょう。

ほんのわずかであっても、当時の痕跡が残っているとは貴重です。

そして、土塁とばかり思っていた盛り土部分は、

実は古墳でした!!

そういえば、この近くには複数の遺跡群があり、

古墳跡が多めに発見されているようです。

戦国期には、その古墳を利用してここに「物見台」が築かれたようです。

城に攻め寄せてくる敵兵の動きを監視する役割があります。

これが1号墳であり、物見台として転用された代物です。

実際に登って、その見晴らしを確かめてみます。

物見台の上から城跡全体を眺め渡した図です。

実際には、手賀沼方面といいますか、

敵兵が攻め寄せてくる方角に視線を向けていたことでしょう。

では、この物見台の上からの眺めを動画でもご覧ください👇

見下ろした時に、中央付近に土塁らしきものも確認できました。

次に、そこを検分します。

曲輪を長々と覆う土塁

物見台のすぐ目の前に土塁が広がっていました。

ここをじっくり見てまわります。

この松ヶ崎城跡には、このように丁寧に一つ一つ、

各防御施設に対して説明板が設けられています。

柏市教育委員会の皆さまに感謝いたします。

年月の経過とともにだいぶ斜面が埋まってしまったでしょうか。

おそらく戦国期ほどの高さはありませんが、長く土塁が続いています。

ご丁寧に、曲輪の説明板までありました。

この、土塁で覆われた広めの空間がかつて曲輪と呼ばれていた場所でした。

この松ヶ崎城跡には、他に曲輪と呼ぶべきスペースがなかったため、

本丸のみで構成する小さな城だったでしょうか。

その曲輪の向かい側にも、土塁がありました。

これだけ遺構が残っているのは貴重ですし、ありがたいことです🙏

『食い違い虎口』に遭遇!!

最初に車を停めた場所は、おそらく城の搦手口(からめてぐち:裏側)なのでしょう。

これから遭遇する虎口(こぐち)が、城の表側であることを示してくれます。

虎口(こぐち)とは、

城兵が曲輪など場内に出入りするための出入り口であり、

左右を高い土塁などで囲われ、迫り来る敵兵に対して土塁上から弓矢を射かけるなどした、

城の防御施設の一つです。

先ほど検分した曲輪からさらに奥の方へ進むと、

道の分岐点に差し掛かり、奥にも説明板があります。

ここも土塁跡でした。

本当に、この松ヶ崎城跡は、

土塁の一つ一つに対しても漏れなく説明板を設けてくれています🙇

その土塁のすぐ右側には、虎口(こぐち)と思われる曲がりくねった道が下に続いているようです。

戦国期の城に設けられた虎口(こぐち)は、

敵兵の侵入速度を遅らせて殲滅するため、

そこに至る道を細く、曲がりくねるようにして造ることが多かったようです。

また、傾斜の急な坂道に設けるなどしたのも、敵兵の進軍速度を遅らせる工夫の一つでした。

この下側には後で行くとして、ひとまず、さらに右側に進んでみます🚶

なんと、『食い違い虎口』に遭遇!!

この説明にあるように、

虎口の左右にある土塁の位置がずれていることで、

虎口に侵入しようとした敵兵は、位置が異なる左右の土塁上に城兵が待ち構えているため、

ほぼ四方から(しかも土塁の上から)矢を浴びることになります。

ここが、その『食い違い虎口』です。

このアングルでは、今ひとつ左右の土塁の”食い違い”ぶりが分かりませんが、

少し前後に位置がずれているようです。

そこから少し離れたところに、またしても松ヶ崎城跡の説明板があり、

今度は各防御施設を詳細に記した絵図もありました!

最初に検分した物見台から本曲輪、そしてその隣にもう一つ曲輪があったようです。

そして今確認したばかりの虎口、さらに下の方には複数の腰曲輪まであります!!

これだけ複数の防御施設が鮮明に残っているのは珍しく、またたいへん貴重でもあります✨

次に、本曲輪の周囲に巡らされた堀(空堀)を検分します。

戦国期当時には、もっと深く、土塁の頂上部まではかなりの高さがあったことでしょう。

写真手前の溝の部分が(空)堀であり、その奥に土塁、

さらに土塁の奥に本曲輪があります。

少し遠景から撮影📸

『食い違い虎口』の左右を土塁が挟み込み、左側の土塁手前には空堀があります。

その位置から左側に道が続いていますので、

本曲輪を囲む土塁に沿うように、奥に進んでみます。

土塁が切れたところで、一度撮影📸

では、ここまでの土塁および空堀を眺めた図を以下の動画でご覧ください👇

奥まで見渡せる位置で、再度、空堀を撮影。

年月の経過でだいぶ埋まり(浅くなり)、平坦に近くなっていますが、

それでも当時は空堀があったことが窺えます。

腰曲輪の見事さに惚れ惚れする。。

最後に、この城跡の一番の見どころと言っても良い、

腰曲輪(こしぐるわ)を検分へ。

腰曲輪(こしぐるわ)とは、

台上の城の斜面を平らに削って城兵が待機できる場所を造成し、

下から攻め上る敵兵を上から迎撃できるようにした防御スペースのことを言います。

まずは、先ほど絵図で確認した(この下側の)虎口から、

腰曲輪(こしぐるわ)のある下側へ向かいます。

先ほどの虎口のあたりまでいったん戻ります。

その虎口を下に降りてみると、

やはり少し平らになったスペースがありました。

さらに奥まで歩いて行くと、、

ここにまた説明板が!

やはり腰曲輪(こしぐるわ)に関するものでした!

その説明板の奥には、ご覧のように、

見事に平地化された腰曲輪がずっと伸びていました。

私はこれまで、数多くの城跡を巡り、そのうち何度も腰曲輪を見かけることはありましたが、

これだけ綺麗に残されたものを見たのは初めてかもしれません🤩

あまりの見事さに、動画に収めましたので、ご覧ください👇

腰曲輪の最奥には、このように目を見張るものがありました。

こうしてみると、平坦なスペースはかなり広めに拡張されていたことが分かります。

これなら多くの城兵が待機できそうですね。

再度、もときた道を引き返し、車を停めた位置まで戻ります。

車を停めた城跡の裏側に近づいたとき、

ふとこちらの説明板が目に止まりました。

最初に見落としていましたが、、

どうやら古墳跡は一番最初に確認した物見台のものだけではなかったようです。

こちらにあるのが2号墳。

そしてもう一つ、3号墳が最初の階段口近くにありました。

この位置です。

見えませんが、この古墳の奥に、

駐車場から続く階段があります。

いかがだったでしょうか?

物見台に本曲輪、それを覆う土塁と空堀、

そして食い違い虎口腰曲輪まで。。

たいへん見応えのある防御施設がこれでもかというくらい、待ち構えています。

アクセスもかなり良好ですので、千葉県柏市周辺を訪れた際には、ふらっと立ち寄ってみてください。

では、またの記事で!🏯

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