鷺沼城(千葉県習志野市)|北条氏康に敗れた下総豪族の居城か?
台地の断崖城に位置する平山城。目立つ遺構は特になし。
2026年5月24日(日)。
千葉県習志野市にある鷺沼城(さぎぬまじょう)を訪れました🏯

◉城のジャンル
平山城(ひらやまじろ)
◉文化遺産としての見どころ
◉防御施設としての見どころ
◉アクセス
専用駐車場なし
京成本線京成津田沼駅より徒歩約10分🚶、タクシー約5分
鷺沼城跡は城跡公園になっていますが、専用の駐車場はありません。
最寄駅は京成本線の京成津田沼駅で、歩いても10分程度で行けますので、
鉄道利用が良いかと。。

こちら、『鷺沼城址公園』の入り口です。
Googleマップなどを頼りに進めば迷うことはないかと思います。
付近は住宅街で、宅地に囲まれています。

城址公園内はこのように。。
後から実感するのですが、
それなりの高さの台地上にあります。
典型的な平山城(ひらやまじろ)ですね。
残念ながら、特に目立つような防御構造の遺構は見当たりませんでした。
城主は不明。北条氏康に敗れたらしい記述はあるものの。。
この鷺沼城を戦国当時、治めていたのは誰なのか。
どういう歴史があるのか、、。
事前に少し調べても確たる情報はなく、、。

公園内のほぼ中央にある大きな石碑です。
「鷺沼源太光義」という名前が刻まれているのを確認できますが、、。

その石碑の裏側、上部にこのような文言がありました。
”市川城主里見氏及び源太氏を始め下総十有城主一団となり北条氏康と戦い遂に利あらずして戦死す”
『里見氏』や『北条氏康』という文字から、戦国当時にこの地で合戦があり、
北条氏康に敗れた一族の一人というのは想像がつきますが、
それにしても”今を去る六百年前”というのは戦国時代の年代とはズレています。
真偽のほどはいかに。。
まあ、『里見氏』や『北条氏康』の文字などから、
戦国時代にも使われていた城跡だなと推測はできそうですが、、。

石碑のすぐ裏手には、このような鳥居及び祠がありました。
鳥居は根本付近から傾いています。

この中にある祠は、
調べたところによれば、
先の石碑に刻まれていた「鷺沼源太光義」の墓とも言われているようです。
公園内には古墳群も!
他に目立つような資料や遺構も見当たらず、、
なお、園内を美和してみると、、

『鷺沼古墳』というのを見つけました。
「箱式石棺」もあるようです。

その「箱式石棺」というのが、この中にあるようで、、

中を覗いてみると、、
確かに、方形の棺のようなものが見えました。
城跡の遺構より、むしろよほど貴重かもしれません💧

奥にも、古墳らしき盛り上がった箇所があり、、
手前には武人と馬の埴輪レプリカがあります。

園内を一通り見て回ったあと、裏側に降りてきました。
やはりそれなりの高さがあり、ここが平山城の規模であったことが分かります。

こちらが、城址公園の裏口ですね。
この周囲も住宅地になっています。

特に古墳群以外には目立つような遺構もなく、
やや物足りない印象を受けますが、
それでも、戦国時代に里見氏や北条氏と何らかの関わりがあったのだろうと思われ、
この地でかつて戦が行われていたことを想像し、
感慨に耽ってしまいました。。
想像力を高めるのも、城跡巡りの醍醐味と言えるかもしれません。
では、またの記事で会いましょう!










