空堀を擁する寺域に館があったとされる〜源範頼館跡(みなもとのりよりやかたあと・武蔵(埼玉)

道路沿いに大きな石碑あり。

2026年5月14日(木)。

本日は埼玉県比企郡吉見町にある源範頼館を訪れました。

源範頼館跡(武蔵・埼玉)

◉城のジャンル

城ではない

◉文化遺産としての見どころ

評価 :3/5。

◉防御施設としての見どころ

評価 :2/5。

◉アクセス

専用駐車場なし

源範頼(みなもとのりより)といえば、

鎌倉幕府を開いた兄・頼朝を助け、平家討滅に力を尽くしたことで知られています。

その後、謀反の疑いをかけられ伊豆に流罪。

密かに殺されたとも言われています。

比企郡吉見町の町中にひっそりと佇む息障院。

範頼の館はそこにあったとか。。

アクセスは良いとはいえず、付近に鉄道駅はありません。

車で行くとすれば、近くの『吉見町ふれあい広場』というところに駐車場がありますので、

そこから散歩がてら訪れるのが良いかと。

Googleマップを頼りに近くまで歩いていくと、、

息障院(源範頼館跡)という矢印版が目に止まりました。

こちらの大きな石碑が一般道に面しています。

近くまで行くとすぐに見つけることができるでしょう。

『源範頼館跡』と刻まれた石碑もありました。

この石碑がなければ、普通の寺院として見過ごしてしまうでしょうね。

境内の南側に広がる空堀は必見!!

鎌倉時代の館といえば、戦国期の城と比べ、

要害性はほぼなかったといって良いでしょう。

この館跡にしてもそうでした。

左右を木々が覆う石畳を進み、奥の門前へ。

立派な門構えですね。

奥に見えるのが息障院の本殿でしょうか。

その門前にはご覧のように、これまた立派な石碑が。

息障院の歴史について書かれた説明板もありました。

730年頃からとすれば、かなり古いですね。

そして、見落としてはならないのが、

こちらの空堀跡です。

まあ、これだけあからさまな形をしていたら、門前に来た時点で目に止まりますが。。

少し歩いて、違うアングルから撮影📸

草に覆われていますが、それなりに深さがあったことが分かります。

この息障院(源範頼館跡)の防御施設としての遺構は、

この空堀跡だけです。

それでも、鎌倉期の館跡でこれだけ明確な遺構が残っているとは、

かなり貴重に思います✨

境内ももれなく探索!

貴重な空堀跡を目にした後は、

息障院(源範頼館跡)の境内へ。

門をくぐろうとした際、

内側にあった素晴らしい木彫りの紋様を見つけました。

こういう、何気ない遺物にも心惹かれます。。

境内に入って左側にある地蔵堂です。

観音像もありました。

結構、見応えある造りになっています。

入って右側、存在感のある鐘楼。

息障院の本尊と言われる、不動明王の銅像まで。

奥に本堂があります。

この境内一帯が、源範頼館跡だったということでしょう。

最後に、立派な鐘楼を再度眺めて、

息障院を後にします。

もう一つの「館跡」と言われる神社にも足を運ぶ。。

実はこの息障院の北200メートル行ったところに、

『御所陣屋跡』というのがあります。

一説によれば、

こちらも範頼の館跡ではないかという情報があり、

ひとまず検分のため訪れてみることに。。

北に歩いていくと、、

ほどなく立派な鳥居が二つ、見えてきました。

おそらくこれがそうですね。

まずは、左側の赤い鳥居の方から。

奥に祠が見えます。

ここは、Googleマップで調べてみると、

『御所稲荷塚古墳』とありました。

”古墳”??

そうなのか?と思って周囲を見回してみると、、

確かに、、

祠を囲うように土塁のような盛り上がりがあり、、

少し離れてみると、、

うっすらと台上に隆起しています。

その右側にある横見神社というところも検分。

こちらが、Googleマップでは御所陣屋跡と表示されていた場所です。

石畳?らしきものを奥に進むと、

本堂が見えてきました。

左側に小さな祠が見えます。

祠の奥はこのような、、。

こちらこそ、本堂でしょうか。

『特に見るべき防御構造としての遺構はなさそうだな、、。』

そう思い、引き返そうとすると、、

本堂に至る小さい橋のところに、空堀らしきものが!!

橋の反対側にも似たような窪みがありました。

これって、空堀ですよね?!

先ほど検分した『御所稲荷塚古墳』を側面から眺めたものです。

こうしてみると、やはり古墳らしき形状に見えなくもないですね。

こちらの横見神社境内には、それらしき遺構は見当たらず、

(強いて言えば、空堀らしきものはありましたが、、。)

結局、息障院の方が源範頼の館跡と結論づけることができそうです。

これにて、息障院(源範頼館跡)の検分を終わります。

➡️ 『鎌倉時代・鎌倉殿の史跡』ページ