久下田城(茨城県筑西市)|栃木との県境に接する台上の城
アクセスはあまり良くないが、訪れる価値はあり!
2026年10月15日(木)。
栃木との県境までやってきました。
茨城県筑西にある久下田城(くげたじょう)です🚙

◉城のジャンル
平山城(ひらやまじろ)
◉文化遺産としての見どころ
◉防御施設としての見どころ
◉アクセス
付近に専用駐車場なし
真岡鐵道「久下田駅」より徒歩約10分🚶
この日も城跡を訪れるため、車を走らせましたが、
ふと道路上の標識を見ると、「栃木」の文字😳
事前の予習が甘かったので、まさか栃木との県境までくるとは思ってもみませんでした。。

この城跡には専用の駐車場がなく、
こちらの「久下田駅駐車場」が比較的近場にあったので、利用させていただきました。
本来は駅(鉄道)の利用者のための駐車場なのでしょうが、1台も駐車していなかったため、
しばしお邪魔しました。
(※今、この記事を書くに至って、やはり良くなかったかなと反省しています。
当日は、恥ずかしながらそこまでの意識がありませんでした。以後、このようなことがないようにいたします。)

ここからは、「鉄道を利用して訪れた方」の目線で情報共有させていただきます。
こちらのGoogleマップをご覧いただくとなんとなくお分かりかと思いますが、、
マップ中央の薄黄色のエリアが「久下田城跡」です。
久下田駅で下車した場合、城跡は線路の反対側にあるため、最初は駅から北側に歩き、
踏切で線路を渡らなければなりません。
(※この迂回が少し面倒!南側から城跡を目指すとしても、どのみち同じくらいの距離を歩かねばなりません。)

マップを確認しながら、迂回して踏切(線路)を渡り、
この写真のような小道を城跡目指して進んでいきます。

すると、いかにも城跡らしい、
木々に覆われた場所が目の前に見えてきました。

近づいてみると、小高い丘のような地形を発見!
ここが久下田城跡で間違いなさそうです。
(※土山の城巡りに慣れていない方は、最初のうちは見ても判別が難しいとは思いますが、
何度もこういった土山城を訪れていると嫌でも目が肥えてきます😅)

さらに道沿いに歩いていくと、
小川のようなものがずっと続いていました。
戦国当時には水堀だったのかもしれません。

またしばらく道沿いに前進していくと、、
(しばらくといっても、ほんの1〜2分くらいです。)

城跡に侵入できそうな入り口がありました!
(後で判明したのですが、こちらは城跡の搦手(裏側)ですね。)

『ここから登ってください』と言わんばかりの階段。
いきましょう。

途中まで階段を登ってからの、、見下ろした構図。
高さからいっても、平山城ですね。

視線を転じ、同じ場所から階段の上を見上げた構図です。
高さが伝わるでしょうか?
予想を大きく上回る、見事な土塁と空堀の数々。

階段を登り終えて目に飛び込んできたのが、
こちらの鳥居と、その奥に見える祠のようなものでした✨
ここが久下田城の本丸(主郭部)ですね。

狐?がこちらの神社の守護獣でしょうか?

悲しいことに、こちらの守護獣は見るも無惨な姿に。。

奥の石碑は文字など判別できませんでしたが、
「久下田城址保存会」の文字を手前の石碑に確認。
いつも城跡を訪れるたび、「保存会」の方々には頭が下がる思いです🙇

そこから少し離れたところには休憩所のようなスペースがあり、、
ご覧のように意味ありげな、大きな石が複数ありました。
石垣の素材になりそうな、、。

至る所に、大きめの石が散見されました。

主郭部の周囲の土塁や空堀はどうだろう?と思い、
周囲を探索してみたところ、、

竹や草木が生い茂っているとはいえ、見事に大きな空堀が!
正直、ここまでの規模とは想像していませんでした。
これはすごい!

アングルを変え、反対側に少し登って撮影したのがこちらの写真です。
空堀が深い分、多少低めに見える土塁でも結構な威圧感があると思います。

その空堀の上は、ご覧のように目立つほどの土塁はないのですが、、

あらためて上から空堀を眺めると、深さもそうですが、
結構な広さがあるのが分かります。

場所によってはそれなりに高さが残っている土塁もあるにはあるのですが、
やはり、悲しいかな、年月の経過とともに崩れたのか、
土塁と呼ぶには少し寂しいですね、、。

ここは比較的大きめの土塁が残っていました。
これは分かりやすいですね。
そしてその奥には土橋らしきものが見えます。

その土橋の手前にあった、こちらの縄張り図。
簡易的な造りですが、それでも当時の平山城の配置がどのようなものだったのか、
なんとなく察しがつきます。
城内を流れる川をうまく堀の代わりとして利用していたのでしょう。

そして、こちらの土橋。
今はコンクリートや手すりがついていますが、
戦国当時はこんなものではなかったでしょう。

その土橋の上から下に広がる空堀を撮影📸

そして、反対側も。
この空堀が、先ほど検分したところまで続いています。
主郭部をぐるりと囲む空堀ですね。

そして、攻め寄せる敵兵の視点で眺めた土橋のアングルです。
こうして離れて見ると、土橋の両側の空堀が深く、
この橋を渡らなければ容易に主郭部に攻め入ることはできない造りになっています。
城主・水谷正村の墓所を発見!

土橋を抜けたところで、他に見るべき遺構はなさそうでしたので、
今度は城跡の南側をぐるりと回って駅に戻ることに。。

すると、道の途上でこの看板に遭遇。
ここから先は、栃木県真岡市だそうです。

確かに、、Googleマップを見直してみると、、
久下田城は茨城と栃木の県境に接してるんですよね。
(真岡鐵道の横に点線部が県境。)
ここからは宇都宮市がほど遠くなく、
戦国当時はたびたび宇都宮氏の侵攻を受けていたというのがわかる気がします。

そして、駅に近づくにつれて、気になるものを見つけてしまいました。
『水谷正村公の墓所』とあります。
この城の城主ですね!

マップを確認しながら恐る恐る近づいてみると、ありました!

歴史はご覧の通りです。
これを検分できたことも思わぬ収穫でした!

最後に、墓所があった芳全寺を遠巻きに眺めて、久下田城の検分を終わります。
予想以上に深く大きな空堀、土塁、そして思わぬ収穫だった城主の墓所。
そこまで期待していなかった分、この城跡から得られたものは大きかったと思います。
これだから城跡巡りはやめられません。
今後も、一人でも多くの方々に、土(山)城巡りの醍醐味、楽しさを伝えていければと思っています。
では、またの記事で!










