二の丸眼下に北条との古戦場跡も見渡せる里見氏の居城〜久留里城(くるりじょう・上総(千葉))
肩で息をつくような、急な坂道を登る
みなさん、こんにちは、シンです。
2023年6月18日(日)。
今回は、千葉県君津市にある久留里城(くるりじょう・上総)に来ました🚙
この城は室町時代に上総武田氏によって築かれ、
戦国時代には里見氏の居城となりました。
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◉城のジャンル
連郭式山城(れんかくしきやまじろ)
◉文化遺産としての見どころ
◉防御施設としての見どころ
◉駐車場所
久留里城址駐車場に30台分ほどの駐車スペースあり
JR久留里線久留里駅からタクシー約8分
車で訪れる際は、地図の左側にある「久留里神社駐車場」ではなく、
上の32号線の方から「久留里城址駐車場」に停めることをおすすめします。
下からだと、狭いトンネルを登って通らなければならないからです。
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こちらが駐車場です。
ご覧のように、けっこう広いです。
実は私は以前、千葉県木更津市に住んでいたこともあり、
この久留里城にも何度か来たことがありました。
しかしその時は、まだ城跡に対してそれほど知識もなく、
今回はもっと深く探索しようと思ってます。
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駐車場にある、矢印板。
大体、城跡を訪れると、このような方向を示す看板がありますので、
まず迷うことはありません。
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奥に見えるのが、城山隧道(トンネル)です。
ここがホントに狭くて、車両が1台しか通れないほどです。
城跡は、この先を左に折れて登っていくことになります。
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左に折れてすぐのところに、登山者用の杖が置いてありました。
ここまで親切にしてくれるのにも、理由があります。
これから登る坂道の傾斜がキツいのです💦
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いかがでしょうか?
写真だけでは分かりにくいかもしれません。
実際に登ってみると、かなり傾斜が急勾配であることを実感しますよ。。😥
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ちなみに、本丸までの高さはご覧の通りです。
標高としては大したことはありませんが、とにかく登るのがキツいです😅
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久留里城は、別名を「雨城(うじょう)」ともいいます。
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まだまだ、急な坂道は続きます。
途中、休み休み登った方が良いです。
実際、私も三度ほど、小休止を入れながら登りました。。
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急な坂道で登城者の心を折れさせないための配慮なのか、、
このようなベンチまで。。
そして説明板もあります。
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ここに記載があるように、
久留里城を居城としていた里見氏は、
しばしば北条氏と戦火を交えています。
江戸時代の儒学者、新井白石がこの城で過ごしていたとは、、。
二の丸跡から、北条との古戦場跡を眺める
さて、気を取り直して坂道を登り続けます。
ここから少しずつ、久留里城の遺構を目にすることに。
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まず目にしたのが、この堀切です。
説明板にもあるように、登りやすい尾根の道をスパッと断ち切ることで、
敵兵が簡単に侵入できないようにしていました。
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ここが堀切でしょうね。
かなり草が生い茂っていて、はっきり断定することはできませんが、
地形としては、この箇所が深く落ち込んでいます。
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またその近くには、「お玉が池」というものも。。
このエピソードを読むと、「お玉」の憐れみが伝わってくるようです。
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これが、「お玉が池」です。
少し埋められたのか、もともとこの大きさだったのか、
それほど大きな池ではありません。
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その「お玉が池」の対面に、
この久留里曲輪があります。
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曲輪(くるわ)の説明も分かりやすく書かれています。
ありがたいことです。
では、この久留里曲輪とその周辺の様子を動画でご覧ください。
ご覧のように、奥にも平らな場所があり、
ここで敵兵を迎え撃っていたのでしょう。
坂道を挟んで対面には「お玉が池」もあります。
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坂道を登り切り、ようやく、二の丸跡へ到着です!
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ここには久留里城の歴史資料館もあります。
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入り口の左側で受付を済ませれば、
無料で館内を閲覧できます。
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中には久留里城の城郭模型があったり、、
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上総(かずさ)の国の支配領地なども確認できます。
これを見ると、いかに広範囲で、豊かな領土だったのかということが分かります。
2階にも、さまざまな調度品を確認することができますよ。
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歴史館を出て、二の丸跡を歩くと、
新井白石の銅像もありました。
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そして、二の丸の長屋塀跡。
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これが、その長屋塀跡ですね。
復元したものでしょうが、鉄砲狭間などもあるのが嬉しい限り。
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そして少し降りたところにある、薬師曲輪。
ここから眼下に、三の丸跡などを見下ろせるようです。
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実際に見下ろすと、このような。。
見えづらくて申しわけありませんが、
左側手前が、三の丸跡、右側に家々が立ち並んでいるその奥が、北条氏との古戦場跡⚔️らしいです。
それでは、ここの様子も動画でご覧ください。
三の丸跡、そして北条氏との古戦場跡、それぞれお分かりいただけたでしょうか?
ここの風景を眺めながら、
当時のことを想像すると、なんとなく感慨深くなります😀
いざ、久留里城の本丸へ!
さて、いよいよ本丸跡へ前進します!
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この道を奥に進み登っていくと、本丸跡があります。
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道の途中には、天神曲輪というのもありました。
本丸、二の丸、三の丸に加え、要所要所にある、曲輪の数々。
いかに攻めにくい城だったのか、想像できます。
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もう少し、この坂道を登っていくことになります。
でも二の丸までの坂道に比べれば、さほどの距離ではありません。
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天守にお目にかかることができました!
復元されているとはいえ、立派な造りです。
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その天守の脇には、天守台跡がありました。
これは、江戸時代に黒田氏が実際に築いた天守(二重櫓)の跡らしく、
貴重な遺構であるようです。
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天守の裏側に回ってみると、
ここにも曲輪がありました!!
![](https://i0.wp.com/transientcastle.com/wp-content/uploads/2023/06/IMG_7706.jpg?resize=1024%2C768&ssl=1)
ここは弥陀曲輪というところでした。
城はいつ、どういったところから攻め込まれるか分かりませんからね。
いろんな場所に曲輪を配置しておくことが、戦国の世の習いだったのでしょう。
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さらに奥には土塀跡までありました。
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この、少し盛り上がっている部分が、そうでしょう。
当時は、もっと塀らしい造りだったでしょうか。
![](https://i0.wp.com/transientcastle.com/wp-content/uploads/2023/06/IMG_7711.jpg?resize=1024%2C768&ssl=1)
裏側から回って撮影した天守です。
アングルを変えて撮影すると、また違って見えますね。
![](https://i0.wp.com/transientcastle.com/wp-content/uploads/2023/06/IMG_7713.jpg?resize=1024%2C768&ssl=1)
さらに天守のすぐ下にも、別の曲輪があります。
なんと防御施設の多いことか!!
![](https://i0.wp.com/transientcastle.com/wp-content/uploads/2023/06/IMG_7714.jpg?resize=1024%2C768&ssl=1)
ここは波多野曲輪。
ここまでで、曲輪の数は合計5つ。
本丸、二の丸、三の丸に加え、これら多くの曲輪を要する久留里城、
さぞ攻めにくかったことでしょう。。
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その波多野曲輪から見上げた天守の様子です。
里見氏と北条氏との戦いの様子に思いを馳せ、
下城します。
ではまたの記事でお会いしましょう!!
👇同じく上総にある大多喜城👇