一見して城跡には見えないが、、南北に長く伸びる連郭式山城〜佐野城(さのじょう・下野(栃木))

2024年6月16日

ぱっと見た感じ、ただの公園ですが、、

こんちは、れいやです。

2023年6月17日(土)。

今回は、栃木県佐野市にある、佐野城(さのじょう・下野)にやってきました🚙

ここは戦国時代、佐野氏が居城としていましたが、

唐沢山城から移ってきたようです。

佐野城(下野・栃木県)

◉城のジャンル

連郭式山城(れんかくしきやまじろ)

◉文化遺産としての見どころ

評価 :1.5/5。

◉防御施設としての見どころ

評価 :2.5/5。

◉駐車場所

城山公園駐車場におよそ5〜6台分ほどの駐車スペースあり

JR佐野駅から徒歩約3分

上のGoogleマップをご覧になってお分かりのように、

佐野城跡は、JR佐野駅のすぐ近くに位置していますので、

鉄道を利用した方が行きやすいかと思います。

こちらが、城山公園駐車場です。

車で行かれる場合は、ここが最もアクセスしやすいでしょう。

この駐車場から、

佐野城跡は、歩いてすぐの距離にあります。

まずは、三の丸跡に行ってみます。

ここが三の丸跡です。

左手奥側にJR佐野駅の通用口があります。

右手には子供たちが遊ぶための遊具もあり、

ぱっと見た感じ、ただの公園です。

奥に進んで、反対側から撮影しました。

右手奥に櫓のようなものが見えます。

近づいてよく見ると、

木質はかなり古いようですが、

説明板などは何もなく、

どういった歴史があるのか、全く分かりません。

城跡の遺構とは関係ないような。。

本丸内の石畳と石垣

今度は、Googleマップを頼りに、

二の丸跡へ行ってみます。

公園を奥に進む前に、「佐野城址」の石碑を見つけました。

この脇の坂道を登っていくと二の丸跡へ。

石碑の右側には、

このような縄張り図(説明板)があります。

各郭(くるわ)が南北に長く伸びる、連郭式山城(れんかくしきやまじろ)ですね。

公園を奥へ奥へ、

このような石段を登っていきます。

ここが、二の丸跡ですね。

かなりの広さがあることが伝わるでしょうか。

以下の動画でご確認ください。

敷地が広い、ということ以外、

特に目立つような遺構もありません。

石碑や説明板などがなければ、ここが城跡とは気づかないでしょうね。。

そしてこの橋を渡り、本丸跡へ。

ここも、二の丸跡と同じくらいの広さです。

何か遺構のようなものはないか、周囲を見回して見ると、、

おっ!!

石畳石垣があるというじゃありませんか!

しかし、”埋め戻し”しているという、、😓

このあたりの石たちが、おそらく、出土した石なのでしょう。

遺構としては、かなり寂しいですね。

ここが本丸であることを示す、このようなものも。

何かしら、目立つものが残っていれば、もう少し楽しめるのですがねぇ。。

本丸跡の中心部にある、大きな石碑。

何が書かれているのか、字は読めません。

虎口(こぐち)か?堀切(ほりきり)なのか?

本丸跡のさらに北に伸びる、最後の郭(くるわ)、北出丸跡へ。

この橋の先にあります。

橋の下には、このように大きな堀跡のようなものが伺えます。

おそらく堀跡ではないでしょうか。。そう信じたい!😅

それでは、この北出丸跡へ進む様子を動画でご覧ください。

本物の石垣ではないでしょうが、

ここにきてようやく、それっぽい造りが見えてきました。

北出丸跡の端までいくと、”城下”を見渡すことができます。

そこまでの高さではありません。

山城というよりは、正確には丘城(おかじろ)と言えるかもです。

北出丸跡の脇には、下に降りる石段がありました。

何やら、虎口(こぐち)のようにも思えますが、、

虎口(こぐち)とは、敵兵が城に簡単に攻め上ってこれないように、

坂道をわざと折れ曲がるように造り、敵の進軍速度を遅らせる防御施設です。

こうしてみると、そこそこ高さがあるのが分かります。

やはり、丘城(おかじろ)並の規模と言えそうです。

下まで降りてきて、

本丸跡北出丸跡を結ぶ橋の下に。

橋の奥は、このような感じ。

堀跡、あるいは堀切(ほりきり)

一見、普通の公園でも、説明板があるところはあるのですが、、。

少し離れて撮影すると、

やはり少なくとも、堀跡のように見えます。

郭と郭を結ぶのですから、ほぼ間違いないでしょう。

以上、ほぼ目立つような遺構は見られず、

城マニアの方々にとっては物足りないでしょう。

佐野氏の以前の居城である、唐沢山城とは大きな違いです。

👇『関東七名城』である唐沢山城はこちら👇

➡️『各地の城一覧』ページ