羽生城(埼玉県羽生市)|上杉謙信の関東攻略における最前線基地となった城
当時は周囲の沼地を天然の要害としていた?
2026年5月29日(金)。
この日は埼玉県羽生市にある羽生城(はにゅうじょう)を訪れました🏯

◉城のジャンル
平城(ひらじろ)
◉文化遺産としての見どころ
◉防御施設としての見どころ
◉アクセス
専用駐車場なし
東武伊勢崎線羽生駅より徒歩約20分🚶、タクシー約5分
この羽生城は、かつて上杉謙信が関東に攻め寄せた際、
その上杉方の前線基地としての役割があったとか。。
そのことをWebで知り、一度訪れてみたいと思ったわけです。

こちらがその羽生城の城跡です。
敷地奥に古城天満宮という建物の社殿があります。
最寄駅は東武伊勢崎線の羽生駅で、タクシーでも約5分、徒歩だと20分ほどかかってしまいます。
付近に専用駐車場はありません。

境内の入り口に、その古城天満宮の由来が書かれています。
遠く藤原秀郷の時代にまで遡るようです。
戦国の世になっても、この地を治めたものが、
その天満宮を敬い、この地の守護神としたのですね。

その右側には羽生城の略歴も書かれています。
築城当時は三方を沼に囲まれた天然の要害だったとか。

近くに『羽生城址』を刻んだ石碑が。
Web上の情報や、こういった石碑がなければ、
ここは普通の神社と思われてもおかしくないですよね。

そしてさらにその右側には羽生城の変遷、その縄張り図が。

なるほど、確かに『三方を沼で囲まれ』ていますね。
地形は一切の起伏がない平城に過ぎませんが、他の平城同様、
周囲を水堀や川などで防御することができるのが強みと言えるでしょう。
予想以上の豪華絢爛さに圧倒される。。
さて、城跡の敷地入り口にてすでに大量の情報を入手できました。
いよいよ境内(敷地内)を検分していきます。

入って右側に手水場(ちょうずば)がありました。
境内には細かな石砂利が敷き詰められ、一般的な神社の造りそのものです。

古城天満宮の拝殿でしょうね。
せっかく訪れたのですから、お賽銭を入れ、手を合わせて来ました🙏

各地の城跡を訪れるたび、本丸付近にある神社の造りを眺めるのですが、、
ここの造りはこれまた見事ですね。
カラフルな、造形の美を感じます。
(※アートの世界には疎いもので、感想が拙くてすみません💦)

ふと、拝殿の側面に回ってみると、、
これまた立派な造りの社殿(?)が。。
古城天満宮の本殿でしょうか。

こちらが、ほぼ真後ろからのアングルになります📸
いやぁ、表の拝殿以上に色鮮やかですねぇ。
しばらく見惚れてしまいました。

この通り、外側が木柵で覆われ、中に入ることはできません。
まあ、大概、神社の本殿(社殿)ってそういうものですよね。
むしろ、眺めることができるだけでもありがたいかもしれません✨

ぐるりと歩いてきて、再び拝殿の方へ。
もしかして、という淡い期待を抱きながら天満宮の周囲を検分してみましたが、
やはりと言いますか、城跡の遺構を示すものは何もありません。。

敷地内には複数の石碑もありましたが、
それぞれ城跡とはあまり関係ないようです。

一つの神社として見れば、
この規模感にしてこれほど立派な造りのものはそんなにないと思うのですが、、
”城跡”として考えると、どうしても多少の防御施設(土塁や空堀の類)を期待したくなるんですよね。。
まして、戦国当時はあの上杉謙信も一つの根城にしていたと聞けば尚更。。
う〜ん、残念です。

とはいえ、立派な拝殿および社殿を拝見させていただきました🙏
ご覧いただいたように、”城跡”としては見るべき遺構はありませんが、
参拝するつもりでしたら足を運ぶ意味はあるかと思います。
もし近くを訪れる機会がありましたら、一度立ち寄ってみてはいかがでしょうか。









