はっきり判別できたのは土塁のみ。堀や虎口など、まだまだ推測の域を出ない平山城~長沼城(ながぬまじょう・下総(千葉))
土塁らしきものは確認できたが、、。
2026年3月15日(日)。
千葉県成田市にある長沼城(ながぬまじょう)を訪れました。

◉城のジャンル
平山城(ひらやまじろ)
◉文化遺産としての見どころ
◉防御施設としての見どころ
◉アクセス
近くに専用の駐車場なし
JR成田線久住駅よりタクシー約10分
城跡付近に専用の駐車場はありません。
最寄駅はJR成田線久住駅です。
そこからタクシーで約10分ほどの距離にあります。

この長沼城跡への入り口は大きく2箇所あります。
私はこの大きな鳥居のある入り口から登りました。

城跡に近づき、住宅街を歩いていると、
『長沼市民の森』という標柱が見えてくるはずです。

この鳥居のすぐそばに、こちらの説明板があります。
長沼城の歴史的変遷や立地状況などが書かれています。

さて、それでは鳥居をくぐり、こちらの石段から登っていきます。
この写真をご覧いただきお分かりのように、かなり傾斜のキツい階段です。

最上段まで登り、今度は上から眺めおろしてみました。
それなりに高さのある平山城(ひらやまじろ)です。

石段を上り切ったところにあるこちらの社殿。
稲荷神社のものでしょうか。

正面から撮影した写真です。
かつてはそれなりにしっかりしていたかもしれませんが、、
今はご覧のように簡素な造りです。

その神社の右手にあるこちらの石段を登っていきます。
こちらが、長沼城の本丸部に通じているようです。

石段を登っていくと、、
このような祠が複数ありました。
これだけでも、かつてはこの地が城跡だったことが伺えます。

城跡の最頂部に到達しました。
この長沼城は縄張り図などが全くないため、想像を巡らせるしかありませんが、
少なくともここが本丸跡であることは間違いないようです。

こちらの標柱もありますので、間違いないでしょう。

本丸部の縁に沿って少し歩いてみました。
わずかながら土の隆起部分があり、
これは間違いなく土塁でしょう。

長沼城跡には、このような土塁の跡以外に、
それとわかるような遺構は見当たりませんでした。
私が見落としている可能性もありますが、、。
ひじょうに残念な物見櫓。

こちらは後から造成されたものでしょうが、、
物見櫓の上に登ってみます。

物見櫓の上から見渡せる遠くの景色は、
方向としては茨城県の霞ヶ浦方面になります。

櫓の上から眺めることができたのは、この一方面だけでした。
この左手にある高い木々が邪魔してなければ、
おそらく筑波山なども見渡せていたでしょうが、、
つくづく残念です。

他に櫓の上から眺めることができたのは、
せいぜいこの本丸跡地くらいですね。。
ここで一旦櫓を下り、本丸跡地を動画に収めてみました。
ご覧ください。
それなりの広さがあることがお分かりいただけるでしょうか?
次は、櫓のすぐ左側にある小高い山に登ってみます。

こちらの、少しだけ高い小山の上に登ってみます。

うっすらとではありますが、、
少し階段状になっているようですので、やはり何かあるのでしょう。

案の定、ここにも小さな祠のようなものがありました。
しばしば、平山城の本丸付近にはこういったものが見られます。

さて、その小高い山の反対側に降り、
今度はこちらの整備された坂道を下ってみます。
腰曲輪なのかどうか、、不明なまま奥に進むと、、。

坂道は下の一般道らしきところまで続いていました。
おそらく、こちらが城跡の裏手(搦手側)かと推察します。

下まで降り立つ前に、ふと右手の平坦地が気になりました。
見ようによっては、腰曲輪(こしぐるわ)のように見えなくもないです。
腰曲輪(こしぐるわ)とは、、
山城の斜面をざっくりと平らに切り崩し、
城兵が下から攻め上る敵兵を迎撃するためのスペースです。

試しに登ってみると、、
やはりわずかですが、平らになっている(安定して立てる)箇所があります。

奥に目を向けると、、
写真手前に何やら木の棒が2本、そこが門構えであるかのように地に突き刺さっています。
これが何やら意味ありげに思えたので、そのままこの奥に進んでみました。

ちなみに、この場所は、先ほど登った櫓のちょうど真下あたりになります。

しばらく左手に竹藪が続く道を奥へ奥へ。。
にしても、人が1人十分に歩けるだけの小道がありますので、
やはり城の通路の一つと思いたいです。

すると、道が急に開け、
ここにも小さな祠のようなものがありました!!
やっぱり来てよかった。
あのまま坂道を降りて帰投していたら、ここを見つけることはなかったでしょう。
虎口じゃないだろうか。。

その祠が見えたところは、さらに下に竹藪の道が続いていました。

そして、その小さな祠の右脇には、
また小さな階段があります。

その階段を登っていくと、、
何やら開けた頂上部に出そうな。。
おそらく本丸に通じているのでしょう。

やはりそうでした!!
わかりにくいかもしれませんが、、
写真の右奥にさっき登った櫓が見えます。

今登った階段を上から眺め直してみると、、
ここは本丸への出入り口となる虎口(こぐち)のように見えます。
狭く折れ曲がるようにして造られ、敵兵の進軍スピードを鈍らせる構造。
ここには全く案内板などがありませんが、これはほぼ間違いなく虎口(こぐち)ではないでしょうか。
平山城をほぼ全方位にわたり検分して帰投。

その虎口(こぐち)と思しきところをまた下に降りていきます。

先ほども確認した、こちらの竹藪の通り道を下に降りていきます。

少し歩くと、ご覧のように民家のある一般道まで出てきました。

長山城跡の小高い丘に沿うようにして、道を歩いていきます。

下までこのように竹藪に覆われた道がありました。

やはり、この入り口に通じていたようです。
さっき下ってきた坂道ですね。
こちらがおそらく、長沼城の裏手(搦手口)かと。

ここに少し窪んだ箇所があり、
「もしかして空堀の跡?」
と、ふと立ち止まりました。
しかし、それにしては窪地がかなり限定的です。

こうして、一番下から上を眺めてみると、、
やはり中段の平坦地は腰曲輪のように見えて仕方がありません。

最後に、少し離れた位置から撮影📸
造りとしては典型的な平山城(ひらやまじろ)でしたね。
ただ、確認できた遺構としては、はっきりとわかる土塁以外は謎のまま。。
腰曲輪に虎口。
そうと思えば断言できるほどの遺構の数々。
まあ、このようにはっきりしない箇所に「こうじゃないか」と推測をつけるのも城巡りの醍醐味の一つかと思います。そういう意味では、大いに楽しませていただきました。
これにて、長沼城の検分を終わります。
またの記事で!!🖐️
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