臼井城に対峙した戦国時代の上杉謙信に思いを馳せる〜謙信一夜城(けんしんいちやじょう・下総(千葉))
臼井城に対峙した謙信の陣城。
城巡り好きな皆さん、こんにちは、シンです。
2024年9月20日(金)。
この日は志津城に続いて、謙信一夜城(けんしんいちやじょう)を訪れました。
謙信一夜城(けんしんいちやじょう)という名のとおり、
ここはかつて上杉謙信が関東に進軍した際、
北条配下の原胤貞が守る臼井城(うすいじょう)を攻めた時に陣城としたものです。
諸々の事情があったにせよ、結果として原氏が守る臼井城は見事に謙信を撃退しています。
臼井城についての記事はこちらを参照してください
住宅街の間にある公園化したこの城跡は鉄道のアクセスがよく、
京成本線の京成臼井駅から徒歩約5分という好立地
ですので、鉄道で行かれることをおすすめします
小さな公園であり、目立つ遺構はないが、、
で、実際にこの城跡の公園にいってみると、、

公園にはそれと一目で分かるほどの大きな石碑があります。
この城跡について、当時の上杉謙信が関東に侵攻した背景など、
事細かに記されています。

Googleマップで調べてみると、、
謙信が攻めたと言われる臼井城までは、ここから目と鼻の先。。
距離にして1キロと離れていません。
まさしく、城攻めのために対峙した、という印象です。

公園の入り口付近には、公園名が記された石碑も。。
『一夜城公園』。
見ているだけで、戦国当時の状況に思いを馳せてしまいます。。

先ほどの、石碑の裏側はこのようになっていました。
『一夜城史跡』とあります。

で、実際の公園内の様子がこの写真です。
いたって普通の公園であり、園内にそれと分かるような遺構は見当たりません。
規模も小さいですし、正直、城巡りマニアの方にとってはかなり物足りないことでしょう。
周囲が全て宅地化しているため、無理もないことですが。。
発掘調査によれば、
周囲には空堀を巡らし、土塁や虎口まで備えていたそうですから、
陣城とはいえ、戦国当時はしっかりとした城の構えをしていたものと思われます。
大してみるべきポイントがない城跡ですが、
かつて戦国最強と謳われた上杉謙信がこの下総の地に陣を構え、
攻め寄せる臼井城に対峙していたかと思うと、戦国ファンとして感慨深いものがあります。
わざわざこれだけのために訪れるのもあれでしょうから、
臼井城を訪れるのと合わせて検分してもいいでしょう。
それでは、またの記事で会いましょう!