世田谷区豪徳寺の隣に位置する城跡〜世田谷城(せたがやじょう・武蔵(東京))
商店街の中に残る世田谷代官屋敷
こんにちは、シンです。
2023年7月24日(月)。
東京都世田谷区にある世田谷城(せたがやじょう・武蔵)を訪れました
私は今回も車で訪れましたが、
なにせ住宅街に囲まれていて道幅も狭く、公園専用の駐車場などありません。
有料駐車場を探すのにえらい苦労しました
(※東京都内はいつもこうです。。)
東急世田谷線の利用をおすすめします。上町駅というところから徒歩3分ほどです。

たまたま停めた有料駐車場からすぐのところに、こんな立派な屋敷が!!
史跡となっている、世田谷代官屋敷だそうです。
所在位置については、以下のGoogleマップで示しています
こちらも、東急世田谷線の上町駅から徒歩3分ほどのところに。
世田谷城跡とは真逆の方向になります。

その、代官屋敷の門前にあった説明板です。
世田谷城を築城した吉良氏は、戦国時代、北条氏についていたようです。
北条氏政の掟書があったなんて、、。

こちらは代官屋敷そのものの説明板です。
江戸時代の建築が今でも残っている、というのはやはり貴重ですね。

世田谷代官屋敷を後にし、
上町駅を通過して、世田谷城跡に向かいます。
街中を歩いていると、ご覧のように『城山通り』という文字がいたるところに見られます。
土塁や空堀の跡がはっきりと分かる!
Googleマップで示されている通りに歩いて行けば、
まず迷うことはありません。

このように、世田谷城址公園が見えてきました。
「城山通り」という標識も見えます。

こちらは公園内にある説明板です。

土塁や空堀の跡を示してくれています。

さっそく、目の前にある石段から登ってみます。
この石垣は、当時のものでしょうか。。

石段を登ったところにある、広場です。
それほど広くはないのですが、先ほどの図版によれば、
ここは廓(くるわ・城内での防御スペース)ということになります。
ここからさらにもう一段、上がったところで動画撮影してみました。ご覧ください。
廓(くるわ)とは反対側に、土塁や空堀の跡が見えます。
次は、それらをじっくり検分しに行きます。

上から眺めた、土塁・空堀跡です。
石で通路のように区切られていますが、
当時はこういった区切りはなかったのでは、と推察します。
それにしても、はっきりと形が分かりますね。

空堀の間に、小さい橋のようなものがかかっています。
下に降りてみます。

今度は下から撮影。
今見えている石垣のようなものは、後から設置されたものでしょう。
形が整いすぎています。

同じく、下から撮影した空堀の様子です。

今度は、少し離れた位置にある土塁の上に登り、上から撮影。
位置関係がお分かりでしょうか。

土塁の上には、このようなものも。。
いまいち不明です。。
他の曲輪は残念ながら確認することはできず。。
この世田谷城は、豪徳寺付近に本丸が置かれていたという話が。。
豪徳寺にも立ち寄ればよかった。。(かなり後悔)

Googleマップをご覧いただくとお分かりかと思いますが、
今検分してきた土塁や空堀があるのは、公園のほんの一部のスペースで、
本丸跡は離れた場所に、そして本来の城跡と思われる緑地スペースはまだまだ広がっています。

いったん公園を出て、少し西の方に歩くと豪徳寺が見えてきます。

本来は、この中に本丸跡や城跡の他の遺構があるのかもしれません。
今回はこの中には立ち入らずに終わってしまい、後悔が残ります。。
次に訪れる機会があれば、ぜひとも中の検分もしたいと思います。
同じように、公園内に土塁や石垣が残っている城跡としては、
千葉県の国府台城(こうのだいじょう)がおすすめです