少しの土塁・堀跡を残すのみ。徳川家臣・伊奈氏によって築かれた〜赤山城(あかやまじょう・武蔵(埼玉))

2024年6月24日

縄張り図はあるが、遺構はほとんどなし。

こんにちは、シンです。

2023年5月31日(水)。

本日は、埼玉県川口市にある、赤山城(あかやまじょう・武蔵)にやってきました🚙

赤山城は江戸時代の初期、徳川の家臣、伊奈氏によって築かれた城です。

赤山城(武蔵・埼玉県)

◉城のジャンル

平城(ひらじろ)

◉文化遺産としての見どころ

評価 :2/5。

◉防御施設としての見どころ

評価 :1/5。

◉駐車場所

赤山城跡 見学者専用駐車場におよそ10台分ほどの駐車スペースあり

ここの駐車場ですが、、

車が1台しか通れないほど、細い道を入っていくことになります💦

ですので、最初は道そのものを見失い、場所を特定するのに時間がかかりました。

車で訪れる場合は、道の見落とし、対向車とのすれ違いなどに十分ご注意ください。

こちらが、その専用駐車場です。

ご覧のように、道幅がかなり狭いです。。

駐車場手前の道路がこんな感じ。

奥に見える道路から、この脇道に入ってくることになります。

その駐車場の向かいに、小さな公園があるのですが、

近くにこの説明板があります。

赤山城は「赤山陣屋」とも呼ばれていたようです。

埼玉県の指定文化財となっています。

また、駐車場から見える位置に、

この「赤山日枝神社」もあります。

この奥に見えるのが、駐車場の向かいの公園です。

それでは今回も、

Googleマップを頼りに、「赤山城跡」を目指して歩いていきます。

奥に歩いていくと、やがてこの説明板を見つけることができます。

この縄張り図を見る限り、城としての区画はもちろん、ちゃんとあったようですが、

残念ながら、少しの堀跡以外は、遺構がほとんどありません。

こちら、その説明板から近い位置にある堀跡。

自然に埋まったものか、意図的なものか、

堀としてはかなり浅めになってますね。

さらに奥に歩いていくと、このような堀跡(?)らしきものもあります。

これが奥までかなり長く続いているのですが、

逆にこういった遺構がなければ、「城跡」と実感するのが難しいのではないでしょうか。

その堀跡らしきものの隣に、

このような道が続いています。

ずっと奥まで歩いていきます。

その道が途切れたところに、

この「赤山城址」の石碑があります。

ホントにこれ以降も、若干の堀跡以外、遺構らしきものはありません。

「赤山陣屋跡」と祠を探索。

Googleマップで調べると、

さらに奥に歩いていったところに「赤山陣屋跡」があるようです。行ってみます。

ありました。「赤山陣屋」の説明板ですね。

堀の跡や、土塁を越える土橋もあるとか。

だいぶ浅めですが、

確かに土塁・堀の跡がうかがえます。。

なるほど。

当時は、自然の低湿地を外堀として利用していたのですね。

今確認できるのは、人工的に造られた内堀なのでしょう。

そしてこれが、「土塁を越える土橋」なのでしょうか。

にしては、あまりに綺麗で整い過ぎている感じもします。

は、この橋を渡った先にあるようです。

左側にずっと竹林が続いています。

こういった階段状の細道こそ、「城跡」らしくていいんですけどね。

がありました!

赤山城跡として見るべきものは、ここまでになります。

再度まとめると、堀や土塁の跡を除き、城跡の遺構として特徴的なものはありませんでした。

残念ながら、今回はここまでとします。

ではまたの記事で!

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