新町薬師堂(栃木県佐野市)|『真田家存続のため』というのは本当か?”犬伏の別れ”の現場へ〜
真田父子が議論を交わした場とされるが、、
2026年10月28日(水)。
この日は栃木県佐野市にある新町薬師堂を訪れました。
えっ?何それ?
、、とお思いの方が多いと思われますので簡単に説明しますと、、
太閤秀吉亡き後、豊臣政権で大老の職にあり、名実ともに実力を持っていた徳川家康が『謀反の疑いあり!』として会津に籠る上杉征伐に乗り出した時のこと。
この上杉征伐に参陣していた、真田父子(昌幸、信幸、信繁)が、のちの『関ヶ原の戦い』となる両陣営(家康率いる東軍か、石田三成率いる西軍か)のどちらにつくか議論を交わした場所とされています。

◉アクセス
近くに専用駐車場は見当たらず
JR佐野駅からタクシー約10分
残念ながら、付近に専用駐車場は見当たりませんでした。
少し離れますが、JR佐野駅からタクシーを利用すればおよそ10分ほどでたどり着けます。
この付近にはそれこそ、JR佐野駅前に佐野城、
そして少し離れて『関東七名城』の一つ、唐沢山城もありますので、これらの城跡と一緒に検分するのがおすすめです。

Googleマップで「新町薬師堂」と検索すれば、難なく見つけることができるはずです。
本堂には『真田六文銭』が目立ちますので、見落とすことはないかと。

六文銭の存在感、抜群です。

これがかの有名な『犬伏の別れ』の説明書きです。
結論、家康、三成、どちらが勝っても(どちらに味方しても)真田の家が残るよう、兄・信幸は家康に、父・昌幸と弟・信繁は三成に味方することに。
この話し合いの内容については諸説あり、
いずれが真実か確かなことは言えませんが、一般的に流布されているのは上記の内容です。
いずれにしても、お家の存続を決める大事な話し合いが行われた場所と思うと、感慨深いものがあります。

本堂を違うアングルから。

隣にはこのようなものも。

敷地はそこまで広くはなく、他に見るべきものもありません。

強いて言えば、瓦のようなものがあったり、、

このようなものがあるくらいで、、

お地蔵様もありましたが、
他に特筆すべきものはありません。

真田に興味をお持ちの方、
『犬伏の別れ』についてご存知の方、
もし栃木県佐野市を訪れることあれば、立ち寄ってみてもいいかもしれません。
では、またの記事で。









