根木内城(千葉県松戸市)|高城氏の本拠とされていた丘城
予想を遥かに上回る土塁の高さに驚愕!
2026年10月14日(水)。
千葉県松戸市にある、根木内城(ねぎうちじょう)を訪れました🚙

◉城のジャンル
丘城(おかじろ)
◉文化遺産としての見どころ
◉防御施設としての見どころ
◉アクセス
「根木内歴史公園駐車場」に5,6台ほどの駐車スペースあり
常磐線「北小金駅」よりタクシー約5分、徒歩約15分🚶
城跡は千葉県松戸市街地から程近く、
最寄駅の常磐線「北小金駅」からもアクセスしやすいですが、
自家用車で行けるのであれば、そちらをおすすめします。
「歴史公園」専用駐車場(無料)がありますので。

こちらが、その公園駐車場です。
少なくとも5、6台分は駐車できるスペースがあります。

こちらが、その駐車場の入り口であり、
奥に見える柵の向こうに城跡があります。

駐車場の入り口には、このような標識もあり、
一つの目印になるかと思います。

本来であれば、駐車してすぐに奥の柵から城跡を目指せば良いのですが、、
Googleマップで調べた時に、”取りこぼし(検分し忘れ)”するのも嫌だと思ったので、
マップ上の川を挟んで北側にある、「根木内公園」にも足を運ぶことに。。

マップを頼りに住宅地内を歩いて行くと、こちらの看板を発見。
ここが「根木内公園」のようです。

しかし、こちらはご覧のように遊具があるばかりで、
まさしくただの公園に過ぎませんでした。。
もしかして、土塁や空堀の遺構が少しでもあるかと期待したのですが、、まったく見当たらず。。

その公園を反対側に抜け、川の向こう側に見える「根木内歴史公園」の方へ目を向けることに。。
やはり、奥には小高い丘のようなものが広がっていると予想されます。

この大きな橋を渡り、「根木内歴史公園」へ。
先ほど駐車した場所からであれば、こんなに遠回りせずとも、
すぐに目的地に辿り着けたことでしょう。

歴史公園内は、ご覧のようにちょっとした池になっていまして、、
板橋がずっと続いていました。
城跡はおそらく、この写真の右奥にある小道沿いですね。
行ってみます。

左側に池(川?)を見ながら、城跡目指して小道を進んでいきます。

すぐに、右側に小高い土塁らしきものが!
やはりここが根木内城跡で間違いなさそうです。

草がかなり生い茂っていて、この写真では判別しにくいですが、
結構な高さのある土塁が聳え立っています。
これほどの高さがあるとは、、正直、予想以上でした😱

どうやら、ここから城跡の内部に入ることができるようです。
後で気づいたのですが、ここはおそらく城の搦手(からめて:裏側の出入り口)でしょうね。

ご覧のように、階段がそれなりの傾斜を持って続いています。
台上にある城、典型的な丘城(おかじろ)ですね。
両側に高さのある土塁が威圧感を放っています。。

ところどころに、このような説明版がありました。
城跡によっては全く説明がないところもありますので、
こういったものがあるだけでありがたいです。
(※残念ながら、ここに記載のある「薬研堀」については発見できませんでした。まだまだ未熟。。)

さらに奥に進んでいくと、、
はっきりそれと分かる土塁が姿を現しました。

その土塁の中ほどに、このような階段が。
四角に竹で囲われているところを見ると、
おそらく物見台(?)(高い場所に設け、敵兵の動きなどを監視する施設)ではないかと。

階段を登って上から土塁を検分すると、
それまで以上に土塁の形や大きさが伝わってきます。

その、少し高い位置から根木内城の主郭(城の中心部、本丸とも)と思われる場所を撮影。
主郭部から土橋に至り、空堀まで検分。
予想していた以上の遺構を見つけ、少し高揚した気分で主郭部に向かいました。

その主郭部の手前にある、搦手口と思われる、今登ってきたばかりの通路です。
両側(特に左側)にそびえる土塁の高さがお分かりでしょうか。

そして、こちらがその主郭部ですね。
写真で見る以上に、実際に現地で見ると、その広さを実感することと思います。
「ここが主郭部ですよ」なんて説明板はありませんでしたが、
この広さといい、間取りといい、ここが根木内城の中心部とみて間違いないでしょう。

当然といえば当然なのですが、
この主郭部もまた、高さのある土塁で囲われていました。
その土塁に沿って、内部をぐるりと歩いてまわります。

と、土塁沿いにまたしても説明板を発見。
松戸市がこの城跡の保全に力を入れている証拠ですね。

説明板にある「2m」という高さにも納得です。
年月の経過により、崩れていることも多々あるかと思いますが、
戦国期当時の土塁はもっと高かっただろうと推察いたします。

その土塁の切れ目を発見しました。
おそらく、ここが虎口(こぐち:城兵の出入り口であると同時に、敵兵の侵入を食い止めるための防御施設)でしょう。

そして、先ほどの説明板にも記載のあった土橋が。
土塁の手前に、敵兵の侵入を防ぐため、空堀を掘りますが、
城兵が渡りやすくするため、わざと一箇所をこのように掘り残していたようです。

その土橋の上から空堀を見つけました。
ホント、草が生い茂ってなければ、もう少しその形がくっきり見えてくるのでしょうが。。

その土橋の切れ目に、「根木内城跡」の標柱がありました。

「少なくとも八つの郭」!?😱
今は周囲が宅地化され、ほとんどその痕跡が失われたのでしょうが、、
たとえ小規模であっても、八つも郭(防御スペース)があったとすれば、
結構な大きさの城だったということですよね。
さすが、高城氏が本拠地としていただけのことはあります。

そのすぐ近くに、今度は土橋の説明板もありました。
この説明書きと模式図から見て取れますが、、
土塁および空堀をわざと折れ曲がるようにして造成し、
敵兵がまっすぐ城内に近づけないよう、防御上の工夫が見られます。
虎口の内部を、このように道を折り曲げて造るのを”食い違い虎口”ともいいますね。

城内に攻め寄せる敵兵の視点で見た土橋です。
結構な長さがありますよね。

次に、土橋の下に伸びる空堀に沿って、
この道を奥へ。

年月の経過に伴い、空堀はだいぶ埋まってしまったと思われ、
だいぶ浅めになっていますが、にしても土塁は高いですよねぇ。。

違う箇所から土塁をもう一枚📸

道の右側にも土塁があります。
今は、言ってみれば空堀の中を歩いているようなイメージ。

今度は空堀の説明板を発見!
北条氏固有の築城技術である障子堀(しょうじぼり)(空堀の中にところどころ掘り残して、中を進む敵兵の機動を妨げたもの)があったとすれば、ぜひ検分したかったのですが、、残念ながら今は見つけられませんでした。

だいぶ道を下ってきたところで、一度振り返り、
土橋の方を撮影📸
やはり、だいぶ埋まってしまったのか、空堀の深さはそれほどではありません。。

一番下まで降りてきたところで、
一旦土塁の内側をのぞいてみました。

柵越しに民家らしきものが見え、
すぐ目の前に祠が。。
おそらく、この根木内城に関係するものではないでしょうか。。

さらにその奥には、小さな土塁らしきものまで伺えます。
さすがに私有地ともなれば、無断で立ち入るわけにはいきません。
ひとまず、ここで諦め、城跡を去ります。
とはいえ、思った以上の遺構(土塁、空堀、土橋など)を検分することができました。
千葉県松戸市を訪れることがあれば、ぜひ一度立ち寄ってみてください。
では、またの記事で!
のちに高城氏がその拠点を移す小金城(こがねじょう)についてはこちらをご覧ください👇










