現代世界と戦国世界の境目がくっきりと、、〜鷲城(わしじょう・下野(栃木))
駐車場所を間違えると苦労する。。
城巡り好きな皆様、こんにちは、シンです。
2024年3月14日(木)。
祇園城に引き続き、同じく栃木県小山市にある鷲城(わしじょう・下野)を訪れました
同じ日に訪れた祇園城と同じく、鎌倉〜南北朝時代に小山氏の居城とされています。
祇園城については以下の記事を参照してください。
この鷲城ですが、、
車で行かれる場合、
駐車場所は小山総合公園サイクリングセンターがゆとりを持って駐車できるためいいのですが、
そこから歩いていく場合、歩き方を間違えると無駄に労力を使うことになります。
その理由を後ほど説明します。

このGoogleマップで示す小山総合公園サイクリングセンターには駐車スペースがこれでもかというぐらいあるのですが、、
肝心の鷲城は地図の右上に位置し、そこそこ距離があります。

こちらが小山総合公園サイクリングセンターの駐車場です。
この日は平日だったせいもあって、ガラガラでした。
スペースにはかなり余裕がありますので、土日でも駐車に困ることはないでしょう。

祇園城もそうですが、
この鷲城もすぐ北に思川(おもいがわ)が流れ、天然の防御ラインとなっています。

地図を見ながら思川(おもいがわ)に沿うように北上していくと、
このような行き止まりに。。

仕方がないので、それまで歩いていた台上を川の方に下り、
このような細道を北に進んで行きました。

途中、このような険しい崖を目にし、
この方面から敵が攻め寄せる場合はさぞ難儀するだろうなと思いつつ、、
(敵兵の攻め寄せる視点からすれば、この道を来てもある意味正解だったのかもですが、、)

ふと地図を見ると、
目標としていた鷲城の位置から遠ざかるように歩いていました。
すでに大きな道路に接近しつつあります。

これがその道路ですね。
下をくぐるような格好になります。
ここまで来て激しく後悔したのですが、
せっかくですので、思川(おもいがわ)の水流を動画でご覧ください。
水の流れは割と急で、川幅もそれなりに広いので、
敵兵がこの方面から攻め寄せるのは簡単ではないでしょうね。
鷲城にとってはまさしく、天然の防御ラインといえそうです。

ホント、川から攻め寄せる視点を味わってみたいとか思わない限り、
こちらのルートはおすすめしません
無駄に遠回りすることになります。
この写真のような、竹藪に覆われた坂道を登り、ようやく住宅地のある道路に出ます。
荘厳な雰囲気のある神社が鷲城の本丸跡

鷲城を守る小高い丘の周囲をぐるりと迂回するようにして、
ようやく大きな道路まで出てきました。
あとは地図に示されるように、この道沿いに『鷲城跡案内板』を目指すだけです。

ここがそうですね。
『史跡 鷲城跡』の石碑を確認。
しかも、この場所もまた、民家の近くにあり、すぐには見つけにくいのです。
ここから城跡を訪れる場合は、Googleマップなどナビは必須です。
もっといえば、車で訪れる場合、小山総合公園サイクリングセンターに駐車し、
実はそこから最短のルートがあります。
(後で説明いたします。)

この鳥居の奥に、鷲神社があり、そこが鷲城の本丸跡のようです。

そのすぐ左手にこのような縄張り図がありました。
鷲城はこのように、大きくは中城(うちじろ)と外城(そとじろ)に分かれていたようです。
土塁や虎口もじっくり検分しにいきます。

木々に覆われた参道を前進していきます。
このような荘厳な雰囲気のある道、嫌いではないですね。

神社が前方に見えてきました。
それほど距離はありません。

かなり古びていますが、
このような清め場所もありました。

そしてこちらが鷲神社の本堂ですね。
このあたり一体が鷲城の本丸だったのでしょう。
丘城や山城を訪れると、だいたい、このように神社が本丸跡となっています。
戦国当時の武士たちの信仰心が垣間見えます。

奇しくも、本堂の前に桜が咲いていました
3月中ばだったということもありますが、
荘厳な雰囲気のある神社を訪れ、同時に桜も眺めることができ、
これまで歩いた心身の疲れも吹き飛ぶようでした。

神社を側面から撮影してみました。
こういったアングルの写真、好きな方は多いはず。。
土塁や虎口などの防御施設を分かりやすく示した案内板あり!
さて、本丸跡である鷲神社を検分し、
その他の防御施設なども見ていきます。

こちらは鷲神社の正面、すぐのところにあった土塁ですが、
『横矢』という案内板があります。
『横矢』というのは、『横矢掛かり』という城兵の防御戦法であり、
虎口などの細い道を攻め上ってきた敵兵に対し、
土塁の上などから弓矢による側面射撃を浴びせるというものです。
では、この土塁上からどのように敵兵を見下ろしていたか、
虎口に至る様子まで、動画でご覧ください。
土塁の上に登り、下から攻め寄せてくる敵兵を見下ろすアングルになります。
そして、敵兵が押し寄せるその虎口から逆に下に下りていきます。
その途中にも、また土塁や違う虎口がありました。
そしてなんとなんと、その行き着く先には、、、
あの小山総合公園サイクリングセンター!!
なんてことはない、この道から登ってくれば一番近かったわけです。
、、、というわけで、車でこの城跡を訪れる場合(小山総合公園サイクリングセンターに駐車する場合)は、
この虎口から登って検分することをおすすめします。
(※無駄に遠回りしなくて済みます。)
現代世界と戦国世界の境目を歩いたような、、
この虎口から、小山総合公園サイクリングセンターに抜けてきてふと思ったのですが、
一気に視界が開けて急に現代の日常風景に戻ってきたような感じ。
これは、多くの山城や丘城を訪れて見ると味わうような感覚なのかもしれません。
多くの山城を歩いていると、ホント、戦国の世にタイムスリップしたような感覚に近いのです。
(分かっていただけるかな。。)

鷲城を下りてきて、小山総合公園サイクリングセンターに戻ったアングルの写真です。

そのすぐ横には、このように土塁跡が生々しく残っているわけです。
いや、考えてみれば、これまで訪れてきた多くの公園もそうでしたね。

180度、後ろを振り返ると、
今下りてきた、鷲城跡へ通ずる道が。
鷲城を訪れるなら、絶対、この道から登っていった方が最短ルートであり、楽です。

そしてそのそばにあった土塁の上に登ってみると、下にはまたしても虎口の案内板が。
これは行くしかないでしょう。

公園を右手に見ながら前進していきます。
この水路のようなものを境目に、ちょうど右側が現代世界、
土塁が横たわる左側が戦国世界です。

どうやら、ここがその虎口のようです。
ではここから中に攻め寄せる敵兵の視点で動画をご覧ください。
虎口とは、、
このように細く狭い坂道を登るように造られていて、
両側の土塁の上から城兵に狙い撃ちされるわけです。
簡単には攻め登ることができないようになっています。

城兵の視点から見た虎口の様子です。
土塁の上に登れば、敵兵を狙いやすいということがお分かりでしょうか。

そういえば、、
外城(そとじろ)というのもあったはず、、と思い出し、
公園沿いに南へ進んでいきます。

大きな道路まで出てくると、左手に『外城公民館入口』というのは見えますが、、
とりあえずいってみましょう。

この民家の先にあるようです。

Googleマップで確認すると、
この近くに外城二号墳というのがあるみたいですね。

ありました!!
これですね、外城二号墳。

歩いて侵入は難しそうだったので、
ズーム撮影しました。
読めない。。

さらにマップで確認すると、
ずっと南側に外城という地名が。。

この通りの奥がそうらしいのですが、、。

マップで示された場所だと、ちょうどこのあたりになりますが、、
それと分かる遺構のようなものは見当たらず。。
残念ですが、今回の城跡検分はここまでとします。
無駄に歩いて疲れましたが、それでも土塁や虎口の遺構などを確認できましたし、
何より鷲神社の荘厳さに心を洗われたような気持ちがします。
それではまたの記事でお会いしましょう。