難攻不落の”浮き城”に潜入!!〜石田三成の水攻めに耐えた忍城(おしじょう・武蔵(埼玉))〜石田堤へ
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石田三成が水攻めで落とせなかった難攻不落の”浮き城”へ!!
こんにちは、シンです。
2023年4月27日(木)。
快晴の空、今日は埼玉県行田市にある、忍城(おしじょう)にやってきました!
忍城(おしじょう)といえば、、
豊臣秀吉が天下統一の総仕上げとして関東の覇者・北条氏を攻める際、
その北条方に味方する成田氏の居城であり、石田三成が2万の大軍で攻め寄せたという城。
城兵はわずか500名というのに、石田三成の”水攻め”にも持ちこたえ、
その名を天下に響かせました
映画『のぼうの城』の舞台となったお城です。
さあ、どのような構えを見せてくれるのか、
かなり楽しみで訪れたのですが、、
現存(復元)しているのは城の本丸にあたる三階櫓と堀、そしてわずかの塀だけ。

当時の城の縄張りと現在の市街を照らし合わせたこの地図を見ると、
中央の本丸や二の丸などを囲むように当時は水が張り巡らされていましたが、
今ではほとんど学校や住宅地に変わっています。残念!!
まあ、平城(ひらじろ)であればしょうがないよな、、
と気を取り直し、まずは本丸から。


本丸の中心的象徴というべき、三階櫓は内部が博物館になっています。

それでもやっぱり、
こういった塀を眺めると、戦国マニアの心がくすぐられます
少し中を歩いてみました。動画でどうぞ。
石畳に竹の柵、そして竹林など、
これらが城の塀に囲まれているだけで、気分が高揚してきます。
ここから東門を抜け、三階櫓を外から眺めます。

忍城の由来、
そして、成田氏が石田三成の水攻めを耐え凌いだことが書かれています。
東門を抜ける前に、、
城内に大きな鐘楼(しょうろう)がありました。

登ってみると、
このような見え方になります。


そしてこのような、
さまざまな形の鉄砲狭間(てっぽうはざま)が。
城兵はこの穴から鉄砲で狙い済ましたのでしょうか。。

さて、東門を抜け、
外に出てきました。
木橋の奥に見えるのが、たった今抜けてきた東門です。

そして姿を現した三階櫓!!
晴天の中、日光によく映えてます。。
城の遺構を探るべく、市街を散策。。
この三階櫓だけかなぁぁ、、
他には城の面影を見せる場所はないものか。。
そう思い、Googleマップを片手に少し市街を歩いてみました。

今では忍中学校がある、太鼓門跡。

そして同じく、忍小学校になっている、成田御門跡。
やはり残念ながら、ほとんど全てがこのような状態なんですよね。。
風情を漂わす水城公園へ。
そこからさらに、Googleマップを頼りに、
水地を求めて歩きました。

「水城公園」だと?
これはいくしかないでしょう。

公園の中の様子を一枚。
結構、園内は広いです。
城が水に囲まれていた名残がここに。。
そして小さな滝に心を奪われたので、動画撮影してみました。
周りが市街地で、
当時を偲ばせるものがほとんど見当たらなかったので、
こういった自然の風景はかえって心に沁みます。。
市街を歩いて発見した「甲斐姫(かいひめ)」!!
水城公園をぐるっと一周し、
さらに何か発見はないかと市街を歩きましたら、、

このようなものを発見!!

”浮き城のまち行田”と、あります。
天下の豊臣軍を相手に防ぎ切った忍城は、市の誇りでしょうね。

さらにGoogleマップで付近を調べてみると、
『大手御門跡』や『大手門外枡形城門跡』の表示が!
少しは何かあるかと、現地へ。

ですが、やはりここも石碑だけでした。
一度廃城となってしまったので、
わざわざ大手門とかまで復元はしなかったのでしょう。
そしてさらに市街を歩いてみると、、

街なかに、「戦国のヒロイン 甲斐姫」とあるじゃありませんか!
映画『のぼうの城』では、榮倉奈々が演じてましたね、気丈な女武者を。
この発見は少し嬉しかったです。
もう一度、三階櫓の前まで戻り、
ここから木橋を渡って東門を抜ける様子を動画撮影しました。
動画で見ると、また少し迫力が違いますよね。
橋を渡り、東門を抜ける臨場感が伝わりますでしょうか?
行田市郷土博物館へ!
さて、忍城の遺構はほとんど調べ尽くしたということで、、
三階櫓の内部である、郷土博物館に行ってきました。
(大人の入館料は200円です。)

ちなみに、博物館の外側はこのような。
なかなか立派な造りですね。

こちらが博物館の外観です。

そして館内に入るとすぐ左手に『のぼうの城』のポスターが!
そりゃ、張りますよねぇ。
いや、でもこの作品、けっこう面白いですよ。
まだご覧になっていない方は一度ぜひ。

館内には、このように幟(のぼり)の群れもありました。
一番右が忍城の城主、成田氏の幟(のぼり)です。
(※館内のこれ以降の展示物は残念ながらほぼ全て写真撮影禁止でした。。)
攻城方、石田三成の本陣にも行ってみた!!
実は今回、この忍城の訪問はかなり楽しみにしていました。
そう、事前に映画『のぼうの城』を見返すくらい。。
忍城の成田氏やその家臣が守り切った城の遺構はどのようなものか?
水攻めを実施した石田三成からは忍城がどのように見えたのか?
これらを現地で存分に検分しようと思って来たのに、、
かなり期待外れな感がありましたが、
帰る前にふと気づいたのです。
Googleマップをさらに広げて眺めてみると、、
「石田堤跡」があるじゃないですか!!
そう、石田三成が忍城を水攻めにしようと、全長28キロもの堤を造ったところ。
これは期待できるのではないか?!
そう思い、車を走らせました。

ご覧のように、「さきたま古墳公園」という、無数のデカい古墳群がある公園へ!
(忍城跡から車で10分もかかりません。)
古代史マニアの方なら、忍城よりこちらの方が何倍も興味あるでしょうが、、
私は逆に、古墳群には目もくれません。
ちと見づらいですが、
地図の上の方に、「石田堤」という表記、
そして石田三成が本陣を構えたという、丸墓山古墳があります!!

キター ♪───O(≧∇≦)O────♪
「石田堤」!!
28キロもの堤防をわずか5日間で造り上げたというから、恐ろしいですよねぇ。
このあたりの様子は映画『のぼうの城』でも壮大に描かれています。

そして、丸墓山古墳!!
ここの頂上に石田三成が陣を構えたとか。。

いや、高いぞ!
さすがにこれだけの高さなら、忍城下も一望に見渡せるに違いない!!

そしてこれが、頂上から城下を見下ろしたアングルです。
忍城の三階櫓は遠すぎてほとんど見えません。
(写真の真ん中ほどにある、上が少し黒いのそうなんですが。。)
ここも動画で少しどうぞ。
かなりズームインして撮影しましたが、
真ん中ほどに映る、三階櫓を確認できるでしょうか?
もちろん、当時は周りの建物もなかったわけですから、
今よりもっと鮮明に天守などが見えたでしょう。

はい、忍城の櫓はこの辺ですね。
なんとなく、位置がつかめたでしょうか?

丸墓山古墳を今度は下から撮影してみました。
ある程度の高さがあることがお分かりかと思います。

最後に、古墳の近くにあった地蔵さまを撮影して帰投。
これも何やら風情があります。
忍城探訪記は以上になります。
当初、本丸付近しか城の遺構は見つけられず、
少し残念な気持ちでスタートしましたが、
最後の最後で石田堤、そして本陣から忍城下を眺めることができて満足でした!!
お城ファンの皆さん、戦国マニアの皆さん、
この記事を元に、少しでも楽しんでいただければと思います。
そしてこの城を舞台にした映画『のぼうの城』。
まだご覧になったことがない方はぜひ観てみてください。
石田三成がいかに水攻めをしたか、忍城と丸墓山古墳との位置関係もよく描かれています。
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