佐竹義宣が謀略で奪った城〜鹿島城(かしまじょう・常陸(茨城))
大きな鳥居を見渡せる山城
2023年5月21日(日)。
こんにちは、シンです。
今回訪れたのは茨城県鹿嶋市にある鹿島城(かしまじょう・常陸)です
もともとこの城は、常陸平氏の鹿島氏が築いたものでしたが、
戦国時代に佐竹義宣が謀略により常陸国人衆を殺して奪ったのでした。
そのような経緯があった城とはどのようなものか、確認したくてやってきた、というわけです。

こちらが城山公園の駐車場です。
比較的広々としてます。

駐車場からこの階段を登って鹿島城に向かいます。

最初の階段はこのような感じ。
隣にスロープもあるので登りやすい方を。

最初の階段を登り終えたところに、
矢が目印となっている案内が。。
本丸に行くには右手側から。
当時、二の丸のあった場所に今は高校があります。

そこからさらに、このような急斜面の階段を登ります。
典型的な平山城です。

たどり着いた頂上部です。
このあたりが本丸跡地だったらしいです。

鹿島氏から謀殺で城を奪った佐竹義宣も関ヶ原で敗軍となり、
秋田に国替えを命ぜられ、代わりにもとの鹿島氏を鹿島神宮の要職に就かせた、とあります。

この本丸跡地から、
北浦沿いに大きな鳥居を確認できます。(鹿島神宮西の一之鳥居)
この写真は鳥居を分かりやすくするため、だいぶズームインして撮影してます。
実際にはもっと遠いです。
広く土塁に覆われていた本丸
『城山の上から眺める鳥居は素晴らしい!』
しばし遠くに見える鳥居に見惚れていましたが、
他にこの本丸跡地には目ぼしい遺跡がないかどうか、さっそく検分。

説明板に背を向け、あらためて眺め渡すと、
(さすが本丸の跡地は広い!)と思わせるだけの敷地が。

付近には何も説明板がなかったのですが、
もしかすると、後から復元(造成)されたものかもしれません。
ただ、本丸全体を囲むように、広く土塁が続いていました。
その様子を動画でご覧ください。
この日は日曜日ということもあって、付近の親子が大勢遊びに来ていました。
城址って、公園になりやすいんですよね。。
いずれにしても土塁の形をはっきり確認できたかと思います。

土塁はこのような形です。
この上を普通に歩くことができ、
公園内ではウォーキングコースになっています。

歩いている途中、このような祠のようなものも。。
かなり深めの空堀を発見!
本丸跡地で見つけた土塁は公園を一周するように続き、
その上を歩くことで本丸を一周することに。
他にそれらしい遺跡はないか周囲を観察していると、、
公園につながる坂道を別に発見したのですが、
車も通る坂道の両脇が深めの空堀になっていました。
その様子を動画でご覧ください。
いやぁ、危うく見落とすところでした。
けっこう深めの空堀です。
何もなさそうな城跡でも、何かしらないか探して歩き回ると、割と見つかるものです。
土塁に沿って本丸を一周、最初の地点に戻ってきたので、
あらためて動画で撮影。
遠くに見える鳥居も収めています。
他に遺跡となるようなものは見当たらず、
残念ながら探索はここまで。。
ですが、ここに来る前はせいぜい説明板くらいしかないのではと思ってましたので、
土塁や空堀を見つけただけでも成果はありましたね。
山頂からの眺めも悪くはありませんので、付近に来る機会があればぜひ。