外堀の跡がまざまざと残る深谷上杉氏の居城~深谷城(ふかやじょう・武蔵(埼玉))

広大な石垣や塀は立派だが模擬。。

こんにちは、シンです。

2026年3月29日(日)。

埼玉県深谷市にある深谷城を訪れました🏯

深谷城(武蔵・埼玉県)

◉城のジャンル

平城(ひらじろ)

◉文化遺産としての見どころ

評価 :2/5。

◉防御施設としての見どころ

評価 :2/5。

◉アクセス

公園敷地内に10台程度の駐車スペースあり

JR高崎線深谷駅よりタクシー約5分、徒歩約15分

深谷城は深谷上杉氏・上杉房憲によって築かれたようですが、

豊臣秀吉の小田原征伐後は関東入りした徳川家康の家臣・松平氏の居城になったとか。。

今は城跡公園となっていてかなり整備されています。

アクセスも悪くはなく、JR高崎線深谷駅からタクシーで約5分、徒歩約15分の距離にあります。

駐車スペースからほど近い位置にある公園入り口です。

大きく迫力のある石垣ですが、、

残念ながらこれは模擬のものです。

大きな石の間には間詰石(まづめいし)のようなものも見えますが、、。

こういうのすら復元して作ったとすれば、大したものですね。。

その近くに、こちらの説明板もありました。

周りを広大な水堀で囲った縄張り図が伺えます。

平城(ひらじろ)ならではの防御施設ですね。

具体的にここが本丸、とかいうのははっきり分かりませんが、

この広大な公園敷地内の中央にあったものと推察します。

公園内に入り、少し塀沿いに歩いてみました。

突き当たったところにも、このように模擬石垣が。。

どうやらこの城跡公園を幅広く覆っているようです。

石垣の上には塀まで復元されていました。

戦国当時のものがこれほど立派だったとは思えませんが。。

雰囲気だけでも味わえますね。

よく見ると、、全周ではありませんが、

一部、塀が長く続いていましたので、しばらく塀沿いに歩いてみました。

すると、こちらにも『深谷城址公園』の石碑が。

ここからも公園内への道が続いていました。

公園の広さといいますか、規模感が伝わりますでしょうか。

市の指定史跡となっている外濠を検分。

「残念ながら模擬建造物だけで、やっぱり遺構は残ってないよな。。」

これまで多くの”城跡公園”を訪れ、そう決めつけていました。

平城(ひらじろ)の悲しき宿命といいますか、

多くは埋め立てや市街地化され、遺構は残りづらいもの。。

ですが、、

公園の隣(敷地内から見れば奥の方)に、こちらの『富士浅間神社』を発見!!

なんと、、!

『深谷城外濠跡』とあります!

どうやらこの神社の周囲を巡る堀は、当時の深谷城外濠であるらしいです🙌

表の大鳥居をくぐって中に入ると、

まずこちらの稲荷神社がありました。

さらにその隣には、「厳島弁財天」まで。。

その「厳島弁財天」の祠の位置まで歩いてみると、、

このようにそれらしき外濠の跡が!!

これは見た目的にも当時の名残をとどめているのが分かります。

神社の入り口側だけではなく、

このように社殿の方へも外濠の跡が続いています。

ここで、「厳島弁財天」の祠の位置から、少し外濠を中心に、周囲を動画撮影してみました。

ご覧ください👇

いかめしい神獣の彫像までありました。

社殿を正面にして右側にも、このような外濠が。

年月の経過でだいぶ埋まったのか、かなり浅いですが、

それらしき名残は伺えます。

神社の社殿です。

石灯籠もあり、かなり立派な造りで残っています。

今度は、社殿の方向から外濠を撮影してみました📸

これだけ長い堀が見られるということは、

やはり最初に見た縄張り図のように、城全体を水堀で囲っていたのでしょう。

ところどころ石畳のようなものも見えます。

しかし市の指定史跡にされているくらいですから、

やはり現存する外濠なのでしょう。

これを検分できただけでも、この深谷城跡を訪れた甲斐がありました🙌

この城跡は比較的アクセス良好ですので、

埼玉県深谷市を訪れる機会がありましたら、ぜひ一度立ち寄ってみてください。

それでは、またの記事で!🏯

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