杉山城(埼玉県比企郡嵐山町)|多くの堀と土塁が織りなす山上のアート

2026年5月28日

縄張り図を見ただけで心が踊る!!

みなさん、こんちは!シンです。

2023年7月13日(木)。

今回はですね、、

城郭・戦国史研究家の西股総生(にしまたふさお)さんがおすすめしていた城跡にやってきました。

埼玉県比企郡にある杉山城(すぎやまじょう・武蔵)です。

「続日本100名城」にも指定されています。

杉山城(武蔵・埼玉県)

◉城のジャンル

山城(やまじろ)

◉文化遺産としての見どころ

評価 :1/5。

◉防御施設としての見どころ

評価 :4/5。

◉駐車場所

およそ50台ほどは駐車できるであろう、見学者専用駐車場あり

上のGoogleマップにも表示されてます、🅿️のところに駐車できます🚙

この通り、けっこう広めな駐車場です。

ここから歩いて登っていきます。

駐車場の付近にあった案内板です。

航空写真ですね😄

この写真を見てお気づきでしょうか?

大手口のところから、地形がくっきり階段状に残ってますよね。

「ここに城跡があったぞ〜!!」と言わんばかりの見事な遺構!

これが杉山城の魅力なんですね。

城跡は、玉ノ岡中学校の隣にあるので、学校の校門から入っていくことになります。

駐車場から、中学校の校門への道です。

学校を横目に、坂道を登っていくイメージです。

坂道を登りつめていくと、

「杉山城跡」の表示板が見えてきます。

ところどころに「保存会」の旗がたなびいていますので、まず迷うことはないかと。。

杉山城の説明板です。

これまで築城者が不明でしたが、最近の調査では上杉憲房の築城ではないかと。。

各郭と堀の複雑な組み合わせ。

『戦国期山城の最高傑作』ですって!

こりゃ、見応えありそうですね!

そしてこれが、イラストで描かれた杉山城の縄張り図です。

これを眺めるだけで、山城ファンとしては心が躍るのではないでしょうか。

大手口から馬出し郭、そして外郭へ!

まずはこの説明板のある大手口(出郭)から検分していきます。

この城跡には、ご丁寧にキレイな矢印板が設置されています。

城巡りの初心者でも安心して楽しめるご配慮ですね!

ここが大手口(出郭)の様子。

先ほどのイラスト図でもお分かりのように、ここは少し突き出した形となっていて、

いわゆる”出丸”のようなイメージに近いでしょうか。

出郭という言葉から、そんなことを連想しました。。

では、ここまでの様子を動画でご確認ください。

多少の草に覆われていますが、

この堀と土塁がくっきりと残る見事な地形、素晴らしくないですか?

そしてこの大手口(出郭)から、隣接する馬出し郭、外郭へと検分していきます。

”すぐれた城跡”って、このように当時の防御施設の説明が本当に細かいんですよね。。

ありがたい限りです!!

そして、この左側の平になっている場所が馬出し郭ですね。

大手口まで攻め寄せてきた敵兵を、ここにて城兵が迎え撃つ、という図式でしょう。

そして外郭(そとぐるわ)の説明。

屏風折なんて言葉、初めて目にしました!!

確かに、空堀が折れ曲がって続いています。見事だ!!

この美しい堀跡の様子を動画でお楽しみください。

ここも多少の草が生い茂っていますが、

それでも、これほど立派に整地されているのは、保存会の皆様のおかげ。。

感謝します!!🙇

にしても、見惚れるほどの堀跡ですね。屈曲している!!

この城跡もそうですが、

防御施設を詳細に説明してくれている説明板が、山城や丘城にはちらほらとあります。

分かりやすいですよね。。

横矢掛かりなんて、勉強しなきゃ分からなかったものな。。

馬出しの防御施設としての役割も、しっかりと説明されています。

ありがたや!!

馬出し郭から南三の郭へ通ずる虎口(こぐち)ですね。

両側に(当時はもっと深い)堀があるので、敵兵はこの細い出入り口を通らねばならず、

その間に両側の土塁上から城兵に撃ちすくめられるという格好。。

”必殺のキルゾーン”ですね。

南三の郭から、”食い違い虎口”を経て南二の郭へ!

この杉山城の防御施設は堀や土塁だけではありません。

先ほど説明した虎口(こぐち)も、敵兵の侵入を阻む立派な防御施設です。

南三の郭に到達。

杉山城に存在する、ただ一つの食い違い虎口。

敵兵の直線的な侵入を防ぐため、わざと道を折れ曲がるように、

しかも坂道になっているので敵兵の進軍速度は遅れ、

城兵からすれば、弓矢の絶好のまとになるわけですね。

それでは、この食い違い虎口から南二の郭に至る様子を動画で。

折れ曲がって登っていかねばならない様子がお分かりでしょうか?

南二の郭から眺めた空堀の美しさ。

惚れ惚れしてしまいます。。

山腹を取り巻く帯郭(おびくるわ)

続いて、南三の郭から今度は井戸跡の方へ行ってみます。

いや、この日もかなり暑かったです。

動画内で聞こえる虫の声などで察していただけるでしょうか。。

ここから西に下っていくと、細長い帯状の郭(帯郭)があるらしいです。

そこを歩いた様子も動画に収めました。ご覧ください。

このように、細長い道を敵兵は進み、

そして少し開けたところで城兵が待ち構えている、といった構図だったのでしょう。

どこから攻めてきても防げるように、山腹にもしっかり防御の工夫が凝らされていたのですね。

これが帯郭です。

井戸郭にも、横矢掛かりの防御の工夫がありました。

そして、ここで注目すべきは、城兵の移動に堀道が使われていたことですね。

堀といえば普通、敵兵の移動を妨げるものですが、

逆に城兵がそれを移動用として使うとは。。

でも確かに、、

敵兵が攻め寄せないうちは、密かに城兵が移動するには”絶好の隠れ場所”かもしれませんね。

ここがそうですね。

城兵の移動用手段でありながら、

場合によっては、

下から登ってくる城兵たちが進んでくる”攻め口”とも言えるのではないでしょうか。。

深い谷を挟み込むように設置された南の郭と東の郭、そして本郭。

いよいよ本郭(ほんくるわ)へ進んでいきます。

本郭(ほんくるわ)は城の中心部、いわゆる本丸と呼ばれるところですね。

南二の郭から、東側にある道を伝っていきます。

左側に見える、少し高くなっているところが本郭(ほんくるわ)です。

本郭(ほんくるわ)がどのような位置にあったのかを、

この説明板が示してくれています。

東の郭、南の郭が協力して、深い谷を挟み込むように、

高台にある本郭(ほんくるわ)を防御しているようです。

さらに分かりやすくするため、次の動画で説明します。

最初に南の郭から、帯状の道を登っていき、

右下に見下ろす深い谷を挟みこむように、

東の郭が奥にあります。

そしてその間の道を左側に登っていくと本郭(ほんくるわ)に到達!!

敵兵としては、深く険しい谷を攻め上るのは困難でしょうし、

両側には東と南の郭がそれぞれ防御陣を敷いています。

ホント、要害堅固な山城ですね。。

そして本郭(ほんくるわ)に杉山城跡の石碑と、説明板がありました。

これまた、多くの城跡に共通して言えることですが、、

なぜこのような位置に城が築かれたのか、

付近の川や地形を巧みに利用していることが分かりますし、

さらに付近の城との連携方法なども記されていることが多いです。

すでに訪れた鉢形城との連絡など、

多くの城巡りをしていると、こういった城同士のつながりも学べることになります。

北二の郭・北三の郭へ

さてここからは北側の防御ラインを検分にいきます。

まずは北二の郭から。

本郭(ほんくるわ)の北側にも虎口があります。

先ほどの井戸郭手前の帯郭から敵兵が侵入してきて、ここの虎口に突き当たるようです。

ここが虎口手前の侵入路ですね。

この写真でいうと、左上、

細い道の奥に少し凹んだところがあるのがお分かりでしょうか?

地形上の偶然かもしれませんが、

おそらく尾根を断ち切るための防御施設、堀切ではないかと推測します。

下から眺めた(攻め上る敵兵の目線)北側虎口の様子です。

ここも道が折れ曲がるように、そして傾斜のきつい坂道になっています。

虎口の左側にある土塁上から狙われること、間違いなしですね。。

この道を奥へ、北二の郭、北三の郭へ進んでいきます。

道を進んでいく間にも、

このように空堀や土塁が複雑に入り組んでいます。

攻める敵兵からしたら、「もう勘弁してくれ〜!」というところでしょうか😅

他の郭のような掲示板が見当たらなかったのですが、

このあたりがおそらく北二の郭かと。。

正直、それと分かる北三の郭が見つからず、、

もしかしたら先ほど北二の郭と見たところが北三の郭であり、

北二の郭はもっと手前にあったのかもしれません。

この道を奥に進むと、城の搦手口(からめてぐち)(城の裏側)になるようです。

ここもはっきりとした掲示板が見つかりませんでしたが、

このあたりが搦手口(からめてぐち)になるのでしょう。

ちなみにGoogleマップで調べると、

この下に「杉山六万坂の石仏群」というのがあるようで、

ついでに見にいきます。

いったん山を下り、

一般道まで出てきました。

Googleマップが示している方向に歩いていきます。

ありました!!

これが「杉山六万坂の石仏群」ですね。

城巡りをしていると、城跡以外にも、周りにこのような遺構が残されていることがあります。

(※いや、こういったものも含めて、”城跡”というべきでしょうか。。)

最後に東二の郭・東三の郭を検分して帰投!

一度、山の下まで降りてきてしまったので、

搦手口(からめてぐち)から再び、山を登っていきます。

なんたって、けっこうな高さの山城ですからね、、

かなり汗をかきました💦

特に山城は、真夏日には訪れるものではないかもしれません。。

また本郭(ほんくるわ)まで戻り、最後に東二の郭を巡ります。

今さら思ったのですが、順番としては、

北側に行く前にまず東側を見に行った方が良かったですね。。

先ほど、南二の郭側から深い谷を見下ろしたように、

東二の郭、東三の郭は、

本郭(ほんくるわ)と南二の郭の間くらいに位置してます。

東二の郭、東三の郭は、それぞれ緩やかな傾斜上に造られていました。

高低差のある、自然の地形をそのまま利用したみたいです。

当時の戦(いくさ)びとの知恵が活かされているようですね。

こちらが東二の郭の様子です。

うっすらとですが、奥に直線的な虎口の跡が見えます。

ここが虎口ですね。

その先に、東三の郭の平地が広がっています。

この東三の郭の様子も動画でご覧ください。

ここはかなり草に覆われていますが、

それでも堀跡などを見ることはできます。

東二の郭まで戻り、そこから本郭(ほんくるわ)を見上げたアングルです。

かなり高低差があることが分かります。

そして再度、南二の郭➡️南三の郭へと、

堀跡を眺めながら帰投します。

にしても、見事な堀跡だ!!

これだけ素晴らしい堀跡が残っているのも珍しいので、

最後にもう一度、馬出し郭から脇下の細道を通って大手口(出郭)に至る様子を動画で。

城マニアからすれば、

どれだけ繰り返し眺めても見飽きません。😎

屏風折になった堀が連なっている、見事な山城です。

最後に、、

一番麓まで降りてきてから、杉山城を見上げてみました。

多くの木々が生い茂っているため、地形はイマイチ判別し難いですが、

十分な高さ、堅固な山城であることはなんとなく伝わってきます。

できれば、これほど草が生い茂ることのない、春先や秋口などに訪れるのが望ましいでしょう。

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